タイトル : 記憶の鍵盤
ブランド : Laplacian


シナリオ : ★★★★☆ [4/5]
CG   : ★★★   [3/3]
音楽   : ★★★★★ [5/5]
お勧め度 : ★★★★★ [5/5]
総合評価 : ★★★★★ [5/5]
(総プレイ時間 : 3h)

シナリオ
「わたしには、未来の記憶がある。」高校三年生の茂住もずみ 歩人あるとの前に現れた見知らぬ少女はそう言った。
幼少期の記憶とピアノの音を失った歩人。一方で、弟のトキオは天賦のピアノの才に恵まれていた。
何故、自分にはピアノの音だけが聞こえないのか。漠然とした不安を抱える歩人は、想いを寄せる同級生にも自分の気持ちを伝えられないでいた。高校最後の夏。
未来の記憶を持つ少女の導きが、歩人の運命を大きく動かし始める。
切なく儚い、ひと夏の恋物語。
――作品公式HP「あらすじ」より

本作のシナリオライターを務めたのは同社制作の「白昼夢の青写真」などを手掛けた緒乃ワサビさん。
全年齢対象のロープライス作品ということで、Steamの他に任天堂Switchといったプラットフォームで展開しつつ、同時に小説版も発売されている。

物語は全9章構成。
選択肢はあるものの実質固定の1周目、アンロックされた選択肢から分岐する2周目で読了となる。当方の読む速度において1周目終了時が2.5h弱だったので、ロープライス作品の分量としては一般的だろう。
なお小説版との違いはこの2周目が追加された所となっており、選択肢によって物語が分岐するADVらしい追加要素と言えるだろう。

シナリオはあらすじの通り、ピアノの音だけが聞こえない主人公の元に少女が現れた所から物語が始まっていくボーイ・ミーツ・ガール。
しかしながら、その少女は「未来の記憶がある」と主張し、主人公の現状を変えるために神奈川から長野の田舎に呼び寄せる、という少し不思議な要素も孕んだ始まり方をしていた。こうした謎は終盤でしっかりと明かされるが序盤では特に伏せられた情報がかなり多いため、不自然に感じる要素もいくつかあり、前作の関係もあってSF要素も入った作品か、などと予想しつつも物語を読み進めていくことになるだろう。
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主人公の前に突然現れた少女・天音あまね 紗里さり(CV:結川あさき)。
本人は未来の記憶を持つらしいが…?
文章のテイストは悠然としつつも情景描写が細かくなされていたりと丁寧に描かれている印象が強く、この点は小説版としても制作サれていることが影響しているのかもしれない。
CGや演出による表現は作品の構成要素としても重要だが、今作に関してはテキスト単体としてみた時でも個人的にはかなり読みやすく感じ、小説を読むことが多い方に取っては沿う感じられる人も多いのではないだろうか。
screenshot_20250824_020018細かいところだが、小さな表現の一つ一つが繊細で綺麗。
個人的に小説的なシナリオはかなり好きなので評価が高くなっている。
物語におけるイベントがさほど大きくなかった所もシナリオの特徴として挙げられる。
のどかな田舎を舞台とした点や演出なども影響し、物語はゆったりと進んでいた。こうした物語進行の中にそろりと入ってくる核心に関わようなシーンは不可思議でLaplacianらしい――もとい緒乃ワサビさんらしい特色と言えるのかもしれない。

ただ本作の本質的な部分は青春物としての側面にある。
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主人公が密かに想いを寄せる同級生で女子空手部主将・たちばな 絵莉えり(CV:鬼頭明里)。
序盤から絵莉と紗里の複雑な関係がうかがえるが…?
中盤以降ではそうした要素が色濃く出ていて、依然として残る謎に迫りつつも主人公や件の"天音 紗里"、主人公の同級生の"橘 絵莉”、男友達のアンジー(CV : 田丸篤志)といったキャラクター達によって描き出される人間関係や感情の機微は正しく青春そのものと言える。
ロープライスということで短くはあったが、登場人物を少なく絞っており、主人公を含めた登場キャラクターの心情部分にもしっかりとスポットが当てて深堀り出来ていた点も評価したい。
ただしこうした心の動きについては明示的に書かれていることは少なく、婉曲的な表現はもちろん行間を読んで感情の推移のようなものを読み取る能力が必要とされた。演出やCG等が手助けをしてくれてはいるものの、元が読みやすいテキストだけにサラッと読めてしまうため、ここをどこまで自分の中に取り込めるかで作品の評価が別れてしまう可能性もある。

それでも一連の物語の価値が毀損されるというわけではない。
登場人物の中で絡まった感情の行く末、主人公が抱える問題や失われた幼少期の記憶の謎が紐解かれていく終盤には、大きな感情の高ぶりこそ起きなかったが、気がついた時にはツウと思わず涙を流している私がいた。
screenshot_20250825_033125エンディングを聞きながらリフレインするエピソードの一つ一つに青春らしさを感じる。

小説版にはなかった2周目の物語に関してもネタバレにならない程度に触れておく。
このシナリオは誤解を恐れずに言うならメリーバッドエンドに分類されるのだろう。それでも現実ではきっとこちらのほうが現実世界においては正道とも言える流れなのだと私は感じた。
作品から何を受け取るかは人それぞれだと思っているが、ここでは作中の言葉を引用させてほしい。
戻れない過去の中に後悔を抱えながら、今の中にささやかな楽しみを見つけ出している。
本作において1周目がグッドエンドだったとか、2周目がバッドエンドだとか、もしくは過去の出来事自体がなければ…とか、プレイをして色々考えることはあるのだけれども。
それでもやっぱり、それぞれが今につながる過去であり、あり得る未来だから、そこを無視して進んではならない。
人は誰しも後悔を重ねつつ、それでも今日を進んでいく。
そこに悲しさや切なさもあるのだけど、そこを進んだからこそ見つけられる明るい場所もある。
物語を通して、今の自分、過去の自分、そして未来の自分を見つめ直す作品になった。


[主人公] 茂住もずみ 歩人あると
高校3年生。
今は亡き父がピアニストで、その才能が受け継がれたトキオに対し、歩人にはピアノの音が聞こえない。そのため交友関係は狭く、友達と呼べるのが二人だけ。
基本的にはトキオの将来ため、バイト漬けの毎日を送っている。


【推奨攻略順:1周目→2周目】
1周目は選択肢があるものの1本道。
1周目攻略後、サイドプレイすると選択不可だった選択肢から新規ルートへ分岐する。もう一つだけ分岐があるが、片方は1周目と同様の展開に合流し差分もないため実質エンディングは一つ。


CG
「白昼夢の青写真」を始めLaplacian作品のメイン原画を務められた霜降さんが本作も担当されている。
CG枚数は46枚だが差分っぽいものが含まれていたり、オブジェクトがメインものがあったりと、本作においては小説における挿絵のように扱われており、純粋なイベントCGの数となると目減りする。
しかしそうした要素が全く気にならないほどに1枚1枚の完成度が高く、精緻な線とのっぺりとしつつも繊細な色使いによるグラフィックは、見ているとため息が出るほどに美しい。
背景絵もイベントCGに負けないほど作り込まれており、立ち絵には全て瞬きとセリフに合わせた口パク機能もついている。
全体的に高クオリティで統一感があった。


音楽
Vo曲2曲(OP/ED)とBGM50曲が収録。
驚きのBGM数だがベースとなるBGMが33曲が存在し、そのうちの17曲についてピアノアレンジが用意されている形となっている。(それでもすごい量だが…)
全体的にスローテンポの曲が多く、音楽鑑賞画面ではナンバリングのみで楽曲が不明だが、オリジナルサウンドトラックにて楽曲名も確認が可能。
個人的に最も気に入ったのは「強くなったでしょ、わたしは」で、ピアノアレンジ曲と合わせておすすめしておきたい。
OPは高島一菜(Hinano)さんが歌う「傷跡に咲く音」)、EDはfukiさんが「君のいない日々へ」を歌唱されている。どちらも良い楽曲だったが、プレイ後に歌詞を含めてOP曲視聴するとまた感じ方が変わるので、個人的一押しとしておきたい。


お勧め度
一人の少女との出逢いをきっかけに物語動き出す、ひと夏の出会いが紡いだ夏の青春物語。
SF的な掴みを織り交ぜつつも、テーマはあくまで王道的な「青春」にフォーカスしており、ゲーム初心者から熟練者まで、幅広い層が楽しめるバランスの良い作品に仕上がっていた。
同時発売されている小説版の影響も受けたテキストは丁寧で読みやすく、よりライト層にもおすすめとなっている。
低価格かつ短編ながらも十分な満足度が得られ、SteamやNintendo Switchなど様々なプラットフォームで展開され全年齢対象である事から幅広い対象者がプレイできるという点も評価し、この評価とした。


総合評価
短いながらもぎっしりと詰まったシナリオはもちろん評価点の一つだが、何より美麗の一言に尽きるCGと演出や数多く揃えられた楽曲が大きく評価を引き上げており、短編の青春物においては名作と言っても過言ではないということでこの評価としている。


【ぶっちゃけコーナー】
まずもってテキストの読みやすさが印象深くて、私にとって3時間ほどのプレイ時間は小説にすると1冊分ということで、物語としてもちょうど良い長さだったとは思う。もちろん私の読むテンポとこの作品の文章の相性が良かったというのもあるだろうけれど、サクサクと読めるとそれだけで評価は上がりやすい。

シナリオの作りもごくシンプルで、序盤では紗里の「未来の記憶」関連の話で興味を引き、中盤では田舎でのバイト生活という夏らしい日々が―ここが今作で締めている部分が多いかな―あり、終盤では今までの謎を紐解きつつ、同時に各登場人物の岐路を描いていた。
1周目攻略後に追加される2周目の話も結構気に入っていて、物語の膨らみという意味で必要不可欠な要素だったように思う。
ただ、一点だけ不満点をつけるなら既存の1周目に対し、無理やり2周目のためのシーンを追加している事が多く、その周辺で描写に不具合が起きていることがあった。
内容としては一度説明したはずのことをもう一度説明してしまっていたり、という程度のもので基本的に既読部分にしかそうした事は起こっていない。通常のプレイ方法ならスキップする方が多いだろうということで気になる方も少ないかもしれないが、全体的に完成度がよく感じていたテキストなので、できればもう少しなじませてほしかったのが正直な印象だ。

しかしロープライスの短編作品のなかで、よくここまで心情描写を表現できたなとは思っていて、作中では大きなイベントこそ起こらなかったものの、登場人物の想いが複雑に絡み合っていて、こうした感情の相互作用こそが、青春物の醍醐味ではないだろうか
その分自分の中でキャラクターの感情をどれだけ形作れたか、掘り下げていけるかで本作の評価が分かれるところではありそう。
そこにハードルがあると言えばあるのかもしれないが、もちろん普通に読んで楽しめる内容ではあることは、言うまでもない。